アメショーブログ 4098『九匹の猫と生きた二十年』146

(12/10)  亡きがらとなった猫と過ごすのは、これで四度目となった。 帰宅したジロの顔面は、片側だけ腫瘍で占め尽くされて表情が変わっていた。 綺麗な方の顔を上にして、私はジロを大きな箱の中に寝かせた。 動物病院から連れてくる際に包まれた真っ白なタオルを、ジロの身体にかけた。 家の内装工事の二週間前に、ジロは息を…
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アメショーブログ 4097『九匹の猫と生きた二十年』145

(12/9)  酸素室の中のジロを抱いてやることもできなかった。 辛うじて腕が入る穴から、私は右腕を入れてジロの肩や腕を撫で続けた。 横たわるジロの呼吸はだんだん小さくなっていく。 十分ごとに主治医が診て、いつ呼吸が止まってもおかしくないことを告げた。 私はジロを撫で続けた。 かけ続けた声は、ジロの耳に届いていた…
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アメショーブログ 4096『九匹の猫と生きた二十年』144

(12/8)  決して治ることはなく、苦しみが続くジロの末期だと主治医から告げられた。 ジロが酸素室に横たわる脇で、夫は安楽死という言葉を口にした。 主治医は、それがお望みならばと答えた。 苦しみを長引かせずに、本人は楽になるでしょうと。 ジロは本当に苦しそうだった。 ジロの身体を撫でながら、私にもその苦しみがよ…
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アメショーブログ 4095『九匹の猫と生きた二十年』143

(12/7)  動物病院を受診し、ジロは入院となった。 脳内での出血だろうとの獣医師の見立てだった。 頭半分が、腫瘍で占められ固くなっているとの主治医の見解だった。 前回の眼底出血の時には気付かなかったことだ。 ジロの身体は、増大した腫瘍に蝕まれていた。 失明と後ろ脚の麻痺は、腫瘍のせいだったのだろう。 急…
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アメショーブログ 4094『九匹の猫と生きた二十年』142

(12/6)  結婚して家を出た娘の出産を控えた二〇十七年・九月、我が家は大々的な内装をすることになった。 出産と里帰りのためである。 内装工事は九月中旬と決まった。 三十年間絨毯だった床を全てフローリングにすることに、私は若干の憂慮を抱いていた。 ジロが変化に対応できるかどうか。 長年住み慣れた環境だから、…
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アメショーブログ 4903『九匹の猫と生きた二十年』141

(12/5)  甘ったれタロがジロから離れて過ごすようになったことは、驚きであり悲しみだった。 タロはもちろん、ジロにとってもタロは唯一無二の存在だった。 生まれた時から互いの温もりを感じて、平穏で幸せに生きてきたのだと思う。 ジロの懐に入って眠っていたタロは、ジロとのだんごベッドで単独で過ごすことが多くなっていた。 …
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アメショーブログ 4902『九匹の猫と生きた二十年』140

(12/4)  天真爛漫、自由奔放なハルは、一見変わらずに日々を生きていた。 大好きだった者たちが次々といなくなったのに。 単独で固い枕で過ごすことが多くなったハルだが、その表情は穏やかだった。 痛みや哀しみを封じて変わらず生きる猫達を、私は凄いと思った。 本当に猫は我慢強い。 その強さが、時として悲しかった。 …
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アメショーブログ 4901『九匹の猫と生きた二十年』139

(12/3)  誰かを枕にして眠るのが大好きだったハルは、特にジロを枕にするのが大好きだった。 しかしジロの変化により、ハルのその習慣は無くなった。 たまにタロを餌食にすることもあったが、ハルはほとんど単独で過ごしていた。 ハルの新しい枕は、テレビ台になった。 柔らかいジロの身体とは正反対の固い枕だ。 そこに顎を…
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アメショーブログ 4900『九匹の猫と生きた二十年』138

(12/2)  二〇十七年・一月、六匹となった一族と新年を迎えた。 失明したジロのために家具は一切動かさず、全ての部屋のドアも閉めるようにしていた。 壁に沿って歩くジロは、少しのドアの開きでも立ち止まってしまう。 ドアの内側に誘導され、迷ってしまうのだ。 トイレを自力でこなすだけでも上出来だった。 ジロがトイレに…
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アメショーブログ 4899『九匹の猫と生きた二十年』137

(12/1)  タロだけではなく、たまにジロを枕にしていたハルもジロに近寄らなくなっていた。 ウミだけは、気が向くとジロに近付くが添い寝はしなかった。 猫模様に人間の理屈は不要とは分かりながら、私はジロが不憫だった。 こんな時こそ一族の温もりが必要だろう、とは人間の感覚なのかもしれない。 かつてジロがクーの最期の時…
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アメショーブログ 4898『九匹の猫と生きた二十年』136

(11/30)  ジロが夜中に遠吠えの様な声を発するようになったのは、失明から数カ月経過した二〇十六年・十一月頃だった。 毎晩数分間声を発しては寝静まった。 当時の一族は滅多に声を出すことはなくなり、唯一お喋りのウミだけが毎晩騒いでいた。 ジロの遠吠えは続いた。 同時に、少しだけびっこをひいて歩くようになった。 …
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アメショーブログ 4897『九匹の猫と生きた二十年』135

(11/29)  ジロは見えていた時とほとんど変わりなく過ごしていた。 足取りはゆっくりではあるが、食事やトイレも自力でこなし、一日のほとんどを寝て過ごした。 寝室のベッドの片隅で寝ることがジロの習慣だったが、失明して一カ月ほど経過すると、その習慣は戻った。 ベッドの端から上り、降りる時は反対側に回って降りるという道…
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アメショーブログ 4896『九匹の猫と生きた二十年』134

(11/28)  ハナの火葬も、クーとコジロと同じ動物霊園にお願いした。 三度目の立ち合い火葬だった。 毎回私が火葬場まで猫を抱いていくのも変わらなかった。 骨壺を包む風呂敷の色も、毎度私が選んだ。 ハナの風呂敷は、鮮やかなピンクにした。 無愛想だけど誰よりも深い愛情を持っていて、毛並は一番白かったハナに似合うと…
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アメショーブログ 4895『九匹の猫と生きた二十年』133

(11/27)  翌日、七月二十五日は私は朝から仕事だった。 職場への道の途中に、ハナが入院している動物病院がある。 病院の前を通りかかった私は腕時計を見た。 まだ午前九時前だった。 面会できる時間ではなかった。 私は祈りながら職場へと向かった。 午前九時半、私の携帯が鳴った。 動物病院からだった。 …
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アメショーブログ 4894『九匹の猫と生きた二十年』132

(11/26)  ハナの入院から一週間ほど経過した日の夕方、面会に行ったハナが珍しくケージ内で座っていた。 昔からハナは意思の強い目をしている。 入院中のハナはほとんど寝ていたが、その日のハナの目は久々に強さを取り戻していた。 ひとしきりハナの身体を撫でていた私は、帰宅するために立ち上がった。 「ハナちゃん、また明…
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アメショーブログ 4893『九匹の猫と生きた二十年』131

(11/25)  しかし祈りに反して、ハナの回復は進まなかった。 肝臓の機能が衰え、腎不全も併発しているハナの治療は困難を極めた。 症状を軽減させるための静脈点滴は、ハナの身体の不調を少しは軽減させたのかもしれない。 しかし、面会時のハナは寝ているばかりだった。 食欲も戻らないらしい。 腎臓の療法食などまるで…
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アメショーブログ 4892『九匹の猫と生きた二十年』130

(11/24)  ハナに再び異変が現れたのは、ジロが失明した一カ月後の二〇十六年・七月のことだった。 定期的な通院と経口投薬を継続してきたハナだったが、長期に渡る投与の弊害と思われる症状が現れた。 極端な食欲不振と嘔吐だった。 加えて強度の黄疸が現れた。 それまでにも、経口投与の弊害である嘔吐はあったが、軽症で…
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アメショーブログ 4891『九匹の猫と生きた二十年』129

(11/23)  ジロの目は元来黒目がちで、一見いつもと何も変わらなかった。 しかし、光の中で瞳孔が収縮しないのは一目瞭然だった。 猫は視力以外に、嗅覚、ひげの感覚、聴覚を使い生きている。 長年住み慣れた家ならば、たとえ視力を失っても他の感覚を使ってどうにか生きることはできると主治医から聞いた。 ただし、家の中の家…
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アメショーブログ 4890『九匹の猫と生きた二十年』128

(11/22)  一族の中心であり、みんなを繋ぐ大切な存在となっていたジロの異変は突然起こった。 二〇十六年・六月のことだった。 廊下で寛いでいたジロが、奇妙な声を発して倒れた。 今まで聞いたこともない声だった。 倒れたジロは、目を見開いたまま起き上がれない。 直ちにかかりつけの動物病院に連れて行き、クーとコジロ…
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アメショーブログ 4889『九匹の猫と生きた二十年』127

(11/21)  三カ月の寿命を宣告されながら奇跡の回復を遂げたハナだが、変わらず経口投薬を続けていた。 ハナの発病とコジロの突然の死。 二〇十五年の夏以降は、慌ただしく時間が流れた。 七匹となったクー一族は、寝て過ごす時間が多くなった。 長年単独で過ごしてきたハナには、退院以来ハルが寄り添うようになっていた。 …
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アメショーブログ 4888『九匹の猫と生きた二十年』126

(11/20)  コジロを失った一族の生活は、変わらず営まれた。 九匹が七匹になった猫たちとの生活は哀しみの中にも活気が戻り、私は彼らの姿の中にコジロを重ねた。 家の中を見ても、コジロが好んだ場所が残っていた。 特にリビングの棚の上に置いた特大段ボールは、コジロが大好きだった場所である。 みんなの爪とぎでボロボロに…
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アメショーブログ 4887『九匹の猫と生きた二十年』125

(11/19)  コジロの火葬は、クーと同じ動物霊園に頼んだ。 クーの時は私と夫と二人で火葬に立ち合ったが、コジロの火葬には娘も立ち合い三人での最期の別れとなった。 娘は既に結婚して家を出ていたが、仕事の都合をつけて合流してくれた。 娘の小学六年生のプレゼントとして我が家の一員となったクーは既に他界していたが、一族で一番…
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アメショーブログ 4886『九匹の猫と生きた二十年』124

(11/18)  動物病院の玄関に着いた私は、三階の緊急処置室に駆け上がった。 診察台にはコジロが横たわっていた。 口には呼吸器をつけ、心臓マッサージが施されていた。 「あれからもう一度吐血をした直後に心臓が止まりました。出血性ショックです」 電話をしてくれた当直獣医師が説明した。 私が到着するまで心臓マッサージ…
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アメショーブログ 4885『九匹の猫と生きた二十年』123

(11/17)  自宅の電話が鳴ったのは、明けて十月三十一日の夜中の二時半だった。 「コジロちゃんが大量の吐血をしました。心臓が止まりそうです」 夜間当直の獣医師の言葉に、私は家を飛び出した。 通い慣れた動物病院までの道のりは、走っても走っても遠かった。 祈りながら走り続ける私の脳裏に、面会時のコジロの一言が蘇った…
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アメショーブログ 4884『九匹の猫と生きた二十年』122

(11/16)  コジロの耳から出血を認めたのは、二〇十五年・十月末のことだった。 耳の中の腫瘍からの出血だった。 両耳を掻きむしることを抑制するために、コジロには日常的にカラーをつけていた。 それにもかかわらずの出血だった。 かかりつけの動物病院に入院したコジロは、点滴治療を開始した。 もう迷っている段階ではな…
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アメショーブログ 4883『九匹の猫と生きた二十年』121

(11/15)  命に別状はないと診断されたアポクリン腺のう胞の変異増大なのか、全く別物の腫瘍なのかは不明だったが、知らぬ間に進んでいたコジロの病気に私は大きな悔いと贖罪の念を抱いた。 私たちは全身麻酔の手術を行うべきかどうか、また両耳切除が本当に良策なのかどうかを考え、悩み続けた。 手術費用は二十万から二十五万と提示され…
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アメショーブログ 4882『九匹の猫と生きた二十年』120

(11/14)  コジロの異変に気付いたのは、二〇十五年・十月のことだった。 顎にあるアポクリン腺のう胞は、数は増えたものの身体に以上はないとの獣医師の言葉を信じていた。 しかし、コジロの耳からは異臭を発していることに気付いた。 かかりつけの動物病院に受診したところ、腫瘍が耳の奥いっぱいにできており、両耳の道が閉鎖されて…
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アメショーブログ 4881『九匹の猫と生きた二十年』119

(11/13)  ハナが劇的な回復を遂げたのは、入院してから一週間目のことだった。 肝臓の数値が正常値まで下がった。 伴い、腎臓も回復したのだ。 胆嚢は依然機能していないものの、黄疸は消えた。 主治医は驚いていた。 奇跡の回復とのことだった。 その夏を越えられないだろうと診断されたハナは、経口投薬に切り替え…
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アメショーブログ 4880『九匹の猫と生きた二十年』118

(11/12)  ハナに極度の食欲減退と嘔吐の症状が現れたのは、二〇十五年・五月のことだった。 かつてクーの治療をお願いした主治医に受診したところ、強度の黄疸が認められた。 精密検査の結果、ハナの胆嚢はほとんど機能しておらず、肝臓、そして腎臓も極端に悪いとのことだった。 その夏を越すことはできないだろうとの主治医の診…
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アメショーブログ 4879『九匹の猫と生きた二十年』117

(11/11)  最初に絶大な愛を抱いた愛猫・クーの他界は、私の心身に大きなダメージを与えた。 なかなか抜け出すことのできない辛い時間だった。 そんな苦痛の中でも私が毎日を生きることができたのは、残った一族のおかげだ。 愛を注ぐ対象があるということが、人を生かしてくれると実感する日々だった。  ジロとタロ兄弟の仲睦…
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アメショーブログ 4878『九匹の猫と生きた二十年』116

(11/10)  穏やかな時間が取り戻される中で、モモと一族を繋ぐ橋渡しの役割を果たしていたジロの存在はとても大きなものだった。 常に穏やかで大らかなジロは、決して他者と揉めることはしない。 モモの良き理解者であり、コジロやチビタへの気配りも忘れないジロは、一族にはなくなはならない存在だった。 猫社会にもそれぞれの役…
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アメショーブログ 4877『九匹の猫と生きた二十年』115

(11/9)  クーがいなくなった一族の暮らしは、新たな時間を紡ぎ始めた。 女帝モモの大きな変化により、長年続いた完全隔離生活からは抜け出した。 モモを慕っていたコジロは、モモを視界に認める時間が増えて嬉しそうだった。 時折おじおじしながらも喜んでモモもに近付くコジロを、モモは威嚇しなかった。 忘れた頃にチビタがモ…
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アメショーブログ 4876『九匹の猫と生きた二十年』114

(11/8)  モモのエリアにタロを入れて数日が経過したある日の朝だった。 私は驚くべき光景を見た。 玄関前の専用だんごベッドの中にはジロとタロが寝ていた。 その隣に置いてあったもう一つのベッドの中にモモがいたのだ。 ジロとタロとは鼻先が付く距離で向き合っていた。 長年クー以外誰も近付けなかったモモが、自ら二匹の…
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アメショーブログ 4875『九匹の猫と生きた二十年』113

(11/7)  クーが他界して三週間が経過した頃、女帝モモに少しの変化が現れた。 北側の部屋から一日中出てこなかったモモが、時折閉め切られたリビングのドアの前に佇んで中の一族の様子を眺めるようになったのだ。 ジロは既にモモから容認されていた。 私は試しにタロをモモのエリアに入れてみた。 そもそも玄関前に、ジロとタロ…
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アメショーブログ 4874『九匹の猫と生きた二十年』112

(11/6)  骨壺となって帰宅したクーを、私はリビングの棚の上に置いた。 動物病院から送られてきた菊の花束が、改めて私にクーの死を知らしめた。 一族は変わらずそこにいた。 残った八匹のごはん、トイレの世話、変わらない日常はすぐに始まった。 クーを亡くした大きな哀しみに永遠に埋没せずに済んだのは、残りの八匹の一族の…
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アメショーブログ 4873『九匹の猫と生きた二十年』111

(11/5)  モモの心中を思い、また私は涙した。 初めて我が家の子となった日から、モモにとってクーは親であり兄貴であり、伴侶であり友人であり、全てだったに違いない。 十年という短い時間ではあったが、クーとモモの絆を作るには十分だったのだろう。 玄関のドアを開けて、私はクーと共に一歩外に出た。 モモは少し近寄り、ク…
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アメショーブログ 4872『九匹の猫と生きた二十年』110

(11/4)  クーを火葬する朝のことは鮮明に覚えている。 私はクーを収めたキャリーを玄関に置いた。 「クーちゃん、この家が最後の日だね」 私はクーに語りかけた。 気付くとモモがすぐ後ろにいた。 クーと最後のお別れをしていたのだと分かった。 「モモちゃん、クーちゃんの側においで」 私は促して、モモが近付け…
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アメショーブログ 4871『九匹の猫と生きた二十年』109

(11/3)  まんじりともせずに朝を迎えた私は、すぐにクーの様子を伺った。 すっかり冷たくなったクーの身体に、私の目からは枯れたはずの涙が出た。 「ごめんね」 言葉にならない声が出た。 何に対しての謝罪なのか。 全てのことに謝罪しかなかった。 病気発見が遅れたこと。 大好きなごはんをあまり与えられなかっ…
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アメショーブログ 4870『九匹の猫と生きた二十年』108

(11/2)  動物病院から処方されたクーの皮下点滴セットは一カ月分だった。 私は結局、二回しかクーに点滴をしなかった。 まるで退院するのを待っていたかのような、クーの突然の死だった。 否、本当に家に帰るのをクーは待っていたのだろう。 良い子にしていなくてもいい、在りのままでいられる家に、クーは早く帰りたかったに違…
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アメショーブログ 4869『九匹の猫と生きた二十年』107

(11/1)  これが死なのだろうか。 「病院に電話して」 「もう無理だよ」 「それでも電話して」 私は再度夫に頼んだ。 夫は受話器を手にした。 ほどなく電話は繋がり、獣医師が電話口に出た。 あいにく主治医は休みで別の医師だった。 私は夫から受話器を受け取り耳に当てた。 「クーの口から舌が出ている…
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アメショーブログ 4868『九匹の猫と生きた二十年』106

(10/31)  自宅の玄関のドアを開け、私は靴を脱ぎ捨ててリビングに走り込んだ。 夫が注射器を片手に、クーに輸液を入れようとしていた。 「私がやる」 私は夫から注射器を取り、クーの首の皮に刺した。 一気に輸液を押し込む。 「もう一本の注射器に輸液を入れて。続けてすぐに打つから」 私は夫に言った。 輸液を…
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アメショーブログ 4867『九匹の猫と生きた二十年』105

(10/30)  出先で用事を済ませた私は電車で最寄駅まで戻り、改札を出た。 私が駅の階段を下りて自宅への道を歩いていた時、携帯が鳴った。 私の直感は当たり、夫からだった。 クーに異変が起きたのだとすぐに思った。 「どうしたの?」 私は携帯を耳にして夫よりも先に声を発した。 「クーがおかしい! 痙攣している…
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アメショーブログ 4866『九匹の猫と生きた二十年』104

(10/29)  翌朝一月十五日、いつも通りの朝を迎えた。 ただ、毎度のごはんの度に大騒ぎの一族は静かだった。 一族にごはんを用意した後、私はクーに皮下点滴を施した。 やり方は獣医師から伝授されていた。 点滴後、私はクーの大好きなレトルトを皿に入れて横たわるクーの前に置いた。 自力では起き上がれないクーをだき抱え…
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アメショーブログ 4865『九匹の猫と生きた二十年』103

(10/28)  退院したクーをキャリーから出した私は、リビング中央に置いた座布団の上に寝かせた。 身体が辛いだろうことは見れば分かった。 しかしクーの安心した様子に、私は少し安堵した。 回復はしないクーの容態ではあるが、安心の中で少しでも楽に過ごして欲しいと願った。 そのために退院させたのだ。 すかさずジロが歩…
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アメショーブログ 4864『九匹の猫と生きた二十年』102

(10/27)  二〇一〇年・一月八日の朝。 クーの容態が悪化した。 腎不全末期だと分かった。 直ちにかかりつけ動物病院に受診した。 クーは静脈点滴開始のために、三度目の入院となった。 前回同様、劇的な回復を祈りながら私は毎日クーの面会に行った。 しかし腎臓の数値はなかなか下がらなかった。 入院六日目、数…
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アメショーブログ 4863『九匹の猫と生きた二十年』101

(10/26)  二〇〇九年の大晦日は、クーは大好きなマグロの刺身を少し食べた。 本来の食欲にはほど遠いものだったが、嬉しそうにマグロを食べるクーの姿は、私の目に焼き付いた。 この頃には一日中リビングでうずくまって過ごしたクーは、もはや家の中を探索する元気もなかった。 大好きな場所だった、リビングの出窓にも到底上がれない…
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アメショーブログ 4862『九匹の猫と生きた二十年』100

(10/25)  二〇〇九年・十二月中旬、クーは退院した。 退院した日のことは今でも忘れない。 キャリーから出されたクーの側に、すかさず寄り添ったのはジロだった。 リビングで過ごすことが多くなったクーの側を、ジロは片時も離れなかった。 時に寄り添いクーの額を舐め、時に少し離れた場所からクーを眺める。 ジロは一日に…
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アメショーブログ 4861『九匹の猫と生きた二十年』99

(10/24)  入院中のクーは、とても良い子だったらしい。 少し元気になると看護師さんや獣医さんの肩にも乗り、可愛がられた。 私はクーの外面の良さを思い出した。 仔猫時代、ペットショップでは幼い仔猫たちにご飯を譲り、店員さんに可愛がられたクーがそのまま残っていた。 我が家にまだクーだけの時代、家族旅行に行く時に動…
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アメショーブログ 4860『九匹の猫と生きた二十年』98

(10/23)  クーの闘病は続いた。 何よりも食べることが大好きなクーが、病院では食事をほとんど口にしなかった。 猫は丸二日間何も食べずにいれば死に至る。 何でも良いから食べさせなければならないのだ。 私は、クーが一番好きなレトルトを病院へ持参した。 用意されたステンレスの皿にレトルトの中身を移し、ケージから出…
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アメショーブログ 4859『九匹の猫と生きた二十年』97

(10/22)  二〇〇九年・十二月初旬。 クーの容態が急変した。 再び腎臓が悪化したのだ。 前回同様、後ろ脚が立たずにうずくまった。 直ちにかかりつけの動物病院に受診したところ、またも腎臓の数値の急激な悪化だった。 重度の腎不全だった。 そのまま入院となり、静脈点滴の治療に入った。 大晦日を三週間後に控…
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