アメショーブログ 4868『九匹の猫と生きた二十年』106

(10/31)  自宅の玄関のドアを開け、私は靴を脱ぎ捨ててリビングに走り込んだ。 夫が注射器を片手に、クーに輸液を入れようとしていた。 「私がやる」 私は夫から注射器を取り、クーの首の皮に刺した。 一気に輸液を押し込む。 「もう一本の注射器に輸液を入れて。続けてすぐに打つから」 私は夫に言った。 輸液を…
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アメショーブログ 4867『九匹の猫と生きた二十年』105

(10/30)  出先で用事を済ませた私は電車で最寄駅まで戻り、改札を出た。 私が駅の階段を下りて自宅への道を歩いていた時、携帯が鳴った。 私の直感は当たり、夫からだった。 クーに異変が起きたのだとすぐに思った。 「どうしたの?」 私は携帯を耳にして夫よりも先に声を発した。 「クーがおかしい! 痙攣している…
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アメショーブログ 4866『九匹の猫と生きた二十年』104

(10/29)  翌朝一月十五日、いつも通りの朝を迎えた。 ただ、毎度のごはんの度に大騒ぎの一族は静かだった。 一族にごはんを用意した後、私はクーに皮下点滴を施した。 やり方は獣医師から伝授されていた。 点滴後、私はクーの大好きなレトルトを皿に入れて横たわるクーの前に置いた。 自力では起き上がれないクーをだき抱え…
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アメショーブログ 4865『九匹の猫と生きた二十年』103

(10/28)  退院したクーをキャリーから出した私は、リビング中央に置いた座布団の上に寝かせた。 身体が辛いだろうことは見れば分かった。 しかしクーの安心した様子に、私は少し安堵した。 回復はしないクーの容態ではあるが、安心の中で少しでも楽に過ごして欲しいと願った。 そのために退院させたのだ。 すかさずジロが歩…
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アメショーブログ 4864『九匹の猫と生きた二十年』102

(10/27)  二〇一〇年・一月八日の朝。 クーの容態が悪化した。 腎不全末期だと分かった。 直ちにかかりつけ動物病院に受診した。 クーは静脈点滴開始のために、三度目の入院となった。 前回同様、劇的な回復を祈りながら私は毎日クーの面会に行った。 しかし腎臓の数値はなかなか下がらなかった。 入院六日目、数…
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アメショーブログ 4863『九匹の猫と生きた二十年』101

(10/26)  二〇〇九年の大晦日は、クーは大好きなマグロの刺身を少し食べた。 本来の食欲にはほど遠いものだったが、嬉しそうにマグロを食べるクーの姿は、私の目に焼き付いた。 この頃には一日中リビングでうずくまって過ごしたクーは、もはや家の中を探索する元気もなかった。 大好きな場所だった、リビングの出窓にも到底上がれない…
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アメショーブログ 4862『九匹の猫と生きた二十年』100

(10/25)  二〇〇九年・十二月中旬、クーは退院した。 退院した日のことは今でも忘れない。 キャリーから出されたクーの側に、すかさず寄り添ったのはジロだった。 リビングで過ごすことが多くなったクーの側を、ジロは片時も離れなかった。 時に寄り添いクーの額を舐め、時に少し離れた場所からクーを眺める。 ジロは一日に…
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アメショーブログ 4861『九匹の猫と生きた二十年』99

(10/24)  入院中のクーは、とても良い子だったらしい。 少し元気になると看護師さんや獣医さんの肩にも乗り、可愛がられた。 私はクーの外面の良さを思い出した。 仔猫時代、ペットショップでは幼い仔猫たちにご飯を譲り、店員さんに可愛がられたクーがそのまま残っていた。 我が家にまだクーだけの時代、家族旅行に行く時に動…
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アメショーブログ 4860『九匹の猫と生きた二十年』98

(10/23)  クーの闘病は続いた。 何よりも食べることが大好きなクーが、病院では食事をほとんど口にしなかった。 猫は丸二日間何も食べずにいれば死に至る。 何でも良いから食べさせなければならないのだ。 私は、クーが一番好きなレトルトを病院へ持参した。 用意されたステンレスの皿にレトルトの中身を移し、ケージから出…
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アメショーブログ 4859『九匹の猫と生きた二十年』97

(10/22)  二〇〇九年・十二月初旬。 クーの容態が急変した。 再び腎臓が悪化したのだ。 前回同様、後ろ脚が立たずにうずくまった。 直ちにかかりつけの動物病院に受診したところ、またも腎臓の数値の急激な悪化だった。 重度の腎不全だった。 そのまま入院となり、静脈点滴の治療に入った。 大晦日を三週間後に控…
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アメショーブログ 4858『九匹の猫と生きた二十年』96

(10/21)  片やチビタの興味は、終始モモへと向けられていた。 挑発なのか好意なのかは分からなかったが、チビタのモモへの情熱は消えることはなかった。 チビタとモモの挑発と威嚇の応戦は、チビタの晩年まで続くことになる。 反してクーとチビタの関係は、実に淡泊だった。 喧嘩もなく、寄り添いもない。 両者の間には、ほ…
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アメショーブログ 4857『九匹の猫と生きた二十年』95

(10/20)  クーとチビタ、コジロの関係は淡泊だった。 元来来るものは拒まず、という姿勢のクーである。 積極的に寄り添う相手を、クーは受け入れてきた。 甘ったれのウミや、自己顕示の強いハルが良い例だ。 女帝モモは、仔猫時代こそクーに甘えて戯れたものだが、母親になって子離れして以降はもっぱら単独の生活である。 …
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アメショーブログ 4856『九匹の猫と生きた二十年』94

(10/19)  右腕の痛みと腫れはひかず、私は翌日病院へ行った。 念のために破傷風の注射をしてもらって帰宅した。 腕はその後腫れも痛みもなくなり、数日後には回復した。 クーは私にとって特別な猫だった。 猫を飼う事を最後まで反対していた私が、一目惚れしたクーである。 一族が九匹となっても、クーの存在は私にとって別…
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アメショーブログ 4855『九匹の猫と生きた二十年』93

(10/18)  二〇〇〇九年・九月、クーとモモが初めて大喧嘩をした。 最初で最後の一度だけの喧嘩だった。 クーが腎臓を患い、療法食生活を続けていた最中のことだった。 北側の部屋で寛いでいたモモのエリアに、いつもの様にクーが近付いたらしい。 私はリビングで家事をしていた。 突然モモのけたたましい声が聞こえた。 …
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アメショーブログ 4854『九匹の猫と生きた二十年』92

(10/17)  腎臓療法食中心のクーの食生活は難航した。 最初こそ貪欲な食への執着ゆえに食べていたクーだが、ほどなく療法食を残すようになった。 何とか誤魔化しながら与えるものの、クーは療法食は残して他の猫たちの皿の残りを食べ尽くしていく。 クーだけ隔離して、他の子たちの皿に移動させないようにしたこともあった。 し…
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アメショーブログ 4853『九匹の猫と生きた二十年』91

(10/16)  女帝モモとチビタの関係は相変わらずだった。 チビタの執拗な挑発とモモの威嚇の応酬は、食事タイムでモモがリビングに滞在するたびに繰り返された。 モモの二度目の子離れ開始によって隔離生活を再開したが、もはや猫模様はモモとチビタの不仲に凝縮されていた。 猫社会の在り方に口出しは無用と分かりながら、私はこの…
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アメショーブログ 4852『九匹の猫と生きた二十年』90

(10/15)  一旦腎臓を患うと、長い経口投薬と療法食で注意深く経過を見なければならない。 腎不全になることを、絶対に阻止しなければならないのだ。 現在の獣医学の世界では、猫の腎不全は完治しないと言われている。 透析をする病院はないではないが、費用もかかり、また猫の心身へのストレスを考えた場合、現実的ではないとの主治医…
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アメショーブログ 4851『九匹の猫と生きた二十年』89

(10/14)  コジロの顎に、小さなできものを認めたのも二〇〇八年・十月のことだった。 獣医師に診察してもらったところ、アポクリン腺のう胞とのことだった。 感染もせず、健康にも影響はないとのことで経過観察となった。 年月の経過と共に、コジロののう胞は顎の数か所に広がったが、動物病院外来にてのう胞内の水分を注射器で抜き取…
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アメショーブログ 4850『九匹の猫と生きた二十年』88

(10/13)  手術と入院はモモとハル同時に行った。 子宮摘出とは、つまりは避妊と同じ処置なのだ。 雌猫の避妊処置は入院を要し、また費用も高額なので雄猫の避妊を選択したのだが、結果として三匹の雌猫も避妊処置をすることになった。  ハルとモモの手術も無事に終了し、二匹まとめて退院のために迎えに行った。 子宮摘出手術…
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アメショーブログ 4849『九匹の猫と生きた二十年』87

(10/12)  二〇〇七年・三月に受けた、ハナの子宮蓄膿症のための子宮摘出手術から始まり、クー一族は立て続けに病気を発症し始めた。 ハナの受診時に説明を受けたところ、子宮蓄膿症は遺伝でもなく、また感染ももちろんしない。 あくまでも個体の問題であり、さかりと深く関係していると聞いた。 しかし、ハナの手術から約一年経過…
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アメショーブログ 4848『九匹の猫と生きた二十年』86

(10/11)  受診当初のハナは軽症であり、獣医師の勧めで経口投薬治療を開始したが、経過は思わしくなかった。 ハナの経過を観察する中で、経口投薬では完治はしないことが分かった。 副作用の苦しみもある。 約一年間の遠回りをしたが二〇〇七年・三月、結局ハナは子宮摘出手術を受けることになったのだ。 通常は鉛筆程度の太さ…
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アメショーブログ 4847『九匹の猫と生きた二十年』85

(10/10)  幸いハナは軽症だったので、服薬で様子を見ることになった。 抗生物質と炎症止めの経口投薬だった。 投薬は半年間ほど続いた。 薬が効き、ハナの出血は一時的に止まった。 しかし子宮内や卵管に膿がないかどうかを確認するために、その都度超音波と血液検査が必須となった。 経口投薬の弊害も現れた。 長期…
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アメショーブログ 4846『九匹の猫と生きた二十年』84

(10/9)  モモが大好きなコジロも、ジロのおかげで穏やかに暮らしていた。 タワーの一段目から毎日眺める虫との時間も、コジロを幸せにしたのかもしれない。 チビタの執拗なモモへの興味と、モモの威嚇の嵐も変わらずに時は流れた。 リビングのドアを閉め切った一族分断の生活も、それなりに過ぎていった。  少しずつ不足や不便…
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アメショーブログ 4845『九匹の猫と生きた二十年』83

(10/8)  おっとりとのどかに成長を遂げるコジロに反して、チビタは大胆不敵だった。 一日に数回しかリビングに現れない女帝モモに対して、挑発を始めた。 モモが私の肩の上から食事の定位置である棚の上に降りると、わざわざ棚の下に移動してモモを見つめる。 食事が終わり、タワーのてっぺんで数分間戯れるモモを、タワーの真下か…
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アメショーブログ 4844『九匹の猫と生きた二十年』82

(10/7)  コジロがモモと関わりを持てないことは不憫だったが、父親のジロは優しくコジロを受け止めた。 しかしジロの横にはいつもタロがいる。 奥手でのどかなコジロは、いつもジロの側にいるタロを押しのけてまで、ジロの側に寄ることはしない。 そんな状況を理解しているのか、ジロはひとりで過ごすコジロに定期的に寄り添う時間…
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アメショーブログ 4843『九匹の猫と生きた二十年』81

(10/6)  チビタとコジロが一歳になると同時に、去勢手術をした。 他の雄猫は既に処置をしてあるが、我が家の雌猫たちは去勢をしていない。 毎年春先にはさかりが始まる。 同じ愚を犯してはならない。 既に九匹の一族、これ以上増えることは許容できなかった。 この九匹の生活の安定と幸せを守ることが、私の責任なのだ。 …
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アメショーブログ 4842『九匹の猫と生きた二十年』80

(10/5)  高い場所で眠ることが好きな一族のためにケージも一台残したが、天井部分が曲がってへこんでしまったのもチビタの痕跡だった。 無愛想で単独生活のハナも、たまにタワーのてっぺんに上った。 前脚くるんで座り込んで寛ぐ姿には、感情表現の乏しいハナの喜びが現れていた。 モモはもちろん、タワーに誰もいない時だけてっぺ…
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アメショーブログ 4841『九匹の猫と生きた二十年』79

(10/4)  虫が大好きなコジロは、タワーの一段目が好きだった。 その場所に立ち、開け放たれた窓から虫の飛来を眺めるのが日課となった。 タワー中央の箱に入るのはハルだけだった。 並サイズのハルがほどよく入れる大きさの箱に、巨体化したチビタが到底入れるはずもなかった。 一度だけチビタが箱に入ることを試みたが、身体半…
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アメショーブログ 4840『九匹の猫と生きた二十年』78

(10/3)  九匹となったクー一族と、三人の人間との暮らしは数の上でも猫中心だった。 モモの隔離生活の再開で再びリビング内での生活となった残りの猫たちは、いつもリビングの床に転々としていた。 猫密度が高くなり、且つ一室に閉じ込められては猫たちも不満が募るだろう。 運動不足にもなるだろうと、空間を最大限に利用するために大…
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アメショーブログ 4839『九匹の猫と生きた二十年』77

(10/2)  新たに始まった二匹の毎日数分間の散歩は、クーとジロだけの時間となった。 この時二匹がどんな会話をしていたのか、私には分からない。 しかし、クーとジロの絆はこれ以降強く結ばれていく。 ジロとタロとはまた違う絆である。 大らかで優しいジロは、いつしか誰からも頼られ愛され、一目置かれる存在となったのだろう…
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アメショーブログ 4838『九匹の猫と生きた二十年』76

(10/1)  反してジロは、玄関の外という新しい世界が嬉しくて家に入らない。 尻尾を直角に立てて、いそいそと歩き続けている。 私はジロのお尻を押して、家の中へと押し込んだ。 ジロは毎度、少し残念そうに家の中へと戻ったものだ。 三世帯家族となったクー一族だが、ドン・クーとジロの関わりはそれまでさして無かった。 ジ…
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