アメショーブログ 1439

(7/24)・・・午前十時四十五分、寺に到着しました。
 動物病院から紹介されたその寺は、ペットの葬式では定評があるらしく、たくさんのペットたちの仏壇がありました。

 現実というものは、感情に関係なく淡々と進んでいくものです。
 前日に寺に連絡をした際、火葬の種類を尋ねられました。

 何体かの遺体を合同で火葬するものと、個別で火葬するものとがあるそうです。
 クーの場合は、個別火葬をお願いしました。

 個別火葬の場合は、骨を拾うことができるのです。
 骨壷に骨を収めて持ち帰ることができることは、その時の私たちにとってはとても大事なことでした。

 寺の正門を入り、広い敷地を十分程歩いたところに小さな堂がありました。
 そこから火葬場へと進みます。

 私は毛布に包んだクーを抱きかかえました。
 隣が火葬場です。

 ペット用の小さな火葬場に足を踏み入れた時、悲しみが現実のものとして込み上げてきました。
 ここで、本当に最期の別れです。

 毛布はクーの遺物です。
 迷いましたが、クーが寂しくないように、一緒に焼却してもらうことにしました。

 私は何度もクーの体を撫でました。
 係の方は、お別れはいくらでもどうぞと仰いました。

 「じゃあね」 
 そう言ってクーから離れるのですが、またクーの元へと寄り添ってしまいます。

 離れては戻るを何度繰り返したことでしょう。
 もう、二度と再びクーの姿は見られないと思うと、どうしても離れられないのです。

 涙は際限なく流れ出るものなのだと、この時初めて知りました。
 しかし、決断しなければなりません。

 「お願します」
 私はクーから勢いよく離れました。

 台に乗せられたクーが炉の中に吸い込まれていきます。
 鉄の扉が閉まる音は、永遠の別れの音でした。
 ひんやりジェルマット M



画像



        一度目の退院直後のクー この二週間後に亡くなることになるとは (2009年12月下旬撮影)







画像



                           北側の窓辺の専用席







画像



                       ここから外を眺めるのが大好きだった

  
 
 
電子書籍出版中です。こちらへどうぞ

この記事へのコメント

2011年07月24日 12:40
くーちゃん 本当に虹の橋の向こうにいっちゃたんですね。きっと 虹の向こうで お友達たくさん作って 自分の食事の分のほかに みんなの食事を分けてもらって思う存分 食べているんでしょうね。
2011年07月24日 16:23
こんにちは。
クーちゃんも火葬は個別でしたか
家前の猫ちゃんも個別で火葬しましたが、15キロと大きく
犬と同じ料金でした、
最後まで涙が止まりませんでした。
2011年07月24日 20:49
最期のお別れは本当に辛いです・・・。
涙が出てきました・・・。
クーさん、ママさんにいっぱい撫でてもらって良かったね。
2011年07月24日 21:06
くーちゃんの元からどうしても離れられないくーさんのお気持ち、痛いほどにわかります。
この姿のままずっと傍にとどめておきたい、私はそんな気持ちでした。
お骨になった骨壷はとても軽く、わぁ、軽い!と言ったのをなぜかはっきりと覚えています。
2011年07月25日 00:10
>丸みさんへ。
 クーのことです。
 片っぱしからだれのごはんも食べ尽くしていることでしょう。(笑)
 本当に食べることだけが生き甲斐のコでした。
2011年07月25日 00:13
>陸&クロさんへ。
 こんばんは。
 大切な者との別れは本当に辛いですね。
 でも、悲しみに埋め尽くされた心も、いつかは素晴らしい想い出が代わって満たしてくれるでしょう。
 それが心を通わせた者同士の絆だと思います。
2011年07月25日 00:16
>きらら(3にゃんず)さんへ。
 涙は枯れることがないのですね。
 クーを亡くした直後は悲しみ、喪失感から永遠に抜けられないのかと思っていました。
 でも、いつかは必ず懐かしい想い出が心を満たしてくれます。
 それが魂の交流をした者が与えてくれるパワーだと思います。
2011年07月25日 00:23
>ノアさんへ。
 葬式の当日は、本当に辛く悲しいものでした。
 生涯において、あれだけ悲しみに包まれた時はありません。
 どうしてもクーから離れられない潔くない自分。
 クーに笑われてしまったかもしれません。(笑)
 それでも、今は穏やかにクーを思い出しています。
 クーのおかげです。
 それが、魂の交流をした者同士の絆がもたらす力だと思います。

この記事へのトラックバック